30年間に35万台以上が生産された911は、その間ずっとスポーツカーの代表として
君臨してきた。しかしその地位は、当然常に多くのライバルから挑戦を受ける運命に
ある。「ポルシェ911は可能な限り高い技術的レベルに維持されなければならない」
という言葉は、まさにその立場を明確に表したものであり、それが94年の
フルモデルチェンジの第一の理由である。このため94年911(993)はスタイリング
やハンドリングといったファン・トゥ・ドライブの要素をさらに充実、そして乗り心地や
騒音の点で現代化を図りつつ、パッシブ・セイフティー、環境適合性、燃費などと
いった社会的要求を満足させることを目標として開発された。


<フロントデザイン>

自動車の基本骨格ともいうべきフロアパンは、964のデビュー当時に全面的な刷新
を受けたこともあって、993はまったく変わりない。それでも993へのモデルチェンジ
が大規模な変更であるかのような印象をあたえるのは、いうまでもなくスタイリングの
刷新によるものだ。30年の歴史の中で初めて手の加えられたフロントフェンダーは、
古典的なラインを残しながら現代化を図ろうというデザイナーの意図と、空力的な
要求によって生み出されたものだ。エリプソイド・ヘッドライトの採用で大幅な
スラント化が可能となったため、フェンダーの峯から裾野へのラインはなだらかに
なり、フロントマスクの印象は一新された。しかしフロントフードは前端部の高さが
40mm高くされただけで(959と同じ手法)、実はパネルそのものは964と同一
というから、「目」がいかにデザイン上で重要な位置を占めているかがわかる。
もちろんフェンダーやバンパーカウルはまったく新たにデザインされたもので、
「口」にあたるセンターエアーインテークの他に、左右のオーバーハングの下に
スリットが設けられた点も新しい。これはオイルクーラー(右)や
エアコン・コンデンサー(左)、さらにティプトロニックの場合はATFクーラーから排出
される熱気などをより積極的に逃がすための方策で、ホイールアーチ全部の負担を
利用して空力的なロスなく冷却効果を高めている。993を最も強く印象づける
ヘッドライトは、ユニットの上半分がロービーム用のポリ・エリプソイドタイプ(PES)で、
下半分のハイビーム部にはヴァリアブル・フォーカス・リフレクター(VF)と呼ばれる
反射鏡が内蔵される。このため、これまでの配光を司っていたレンズにもはやその
機能はなく、ただのカバーとしてユニットを被うだけの役割しかない。964では
ヘッドライト上にあったヘッドライト・ウォッシャーはフェンダーパネルに埋め込まれ、
2barの水圧で噴射される。これまで911のヘッドライトは、バルブ交換をする場合
ヘッドライトリングを外す手間が不可欠だったが、993のそれは、トランクルーム内の
それぞれ独立したレバーを操作することによって、ユニットごと簡単に外れるように
変更されている。PESのバルブはH1タイプ、ウインカーの内側にあるフォグランプは
やはりエリプソイド方式でH3バルブを使用する。


<リアデザイン>

表1サイズ比較 94年モデル(993) 93年モデル(964) 65年モデル(911)
全長 4245mm 4250mm 4163mm
全幅 1735mm 1652mm 1610mm
全高 1300mm 1310mm 1320mm
ホイールベース 2272mm 2272mm 2211mm
トレッド前/後 1405mm/1444mm 1380mm/1374mm 1337mm/1317mm
空車重量 1370kg 1350kg 1143kg
燃料タンク容量 74.5L(opt.92L) 77L 62L
最小回転半径 5870mm 6175mm 5150mm

上記の表1を参照されたい。ボディスタイルは基本的に不変と言われている911
でも、30年間の間にわずかながら大型化されており、特に993では幅が83mm
(約5%)も拡大された点が注目される。これはリアフェンダーの拡大によるものだ。
993の全幅はこれまでの964カレラ2(1652mm)とターボ(1775mm)のほぼ中間に
あたるが、これはもちろんデザインのためのデザインではなく、主にパッケージングの
点から決められたものである。後で述べるとおり、993にはサブフレーム付きの
マルチリンク式リア・サスペンションや6段マニュアル・ギアボックス、2系統の
エグゾースト・ユニットが新たに採用され、そのスペースを確保するため、
リアセクションの拡大が必要だったのだ。しかしディメンジョンを見れば判るとうり、
フェンダーの最も張り出した部分でもドアミラーより内側に位置してるから、現行の
ターボモデルほど、実際のドライビングに与える影響は大きくない。
ブリスターフェンダーによる空力的な悪影響は、他の部分の改良によってほぼ
相殺された。先に述べたフロントセクションのスラント化はもちろんのこと、一見
これまでの911と同じに見えるグリーンハウスやドアまわりにもいくつかの改良
が施されている。接着式に変更されたフロントのウインドウシールドはこれまでより
3mm、リアクオーターウインドウは-7mm、それぞれフラッシュサーフェース化され、
リアウインドウ、サイドウインドウのラバーシールも、よりなだらかな形状に変更されて
いるのだ。こうした細かい手直しにより、CD値は964ボディの0.32から0.33へ
わずかな増加にとどめることができた。ウインドウの接着はボディの剛性アップ
(約10%)にも寄与しており、ホワイトボディの強化と合わせ、ボディ剛性は20%
向上している。ちなみに全面投影面積は1.86m、いわゆる空気抵抗値CD・Fは
0.614である。静的な重量配分が直進性に不利なリアエンジンレイアウトでは、
超高速域の安定性を確保するため、CD値よりもリフトが重要なファクターとなる。
そのため993では、964と同じアンダーボディカウルに軽いグランド・エフェクト
効果を与え(地上高の低いレーシングカーほど効果は期待できないが)
ルーフ後端のスポイラーの新設、80km/hでせり上がるリアスポイラーの形状変更
などを行い、結果的にClf=0.03、Clr=0.07というリフト値を実現した。
尚、北米モデルのルーフスポイラーには、LEDのハイマウント・ストップランプが
装備されている。